外にばかり目を向けないで自分を内観すると蓄積された個性が表現できるようになる

外にばかり目を向けないで自分を内観すると蓄積された個性が表現できるようになる

私は常日頃にわたって自分の画力向上のため、芸術のトレンドを逃さないようにと情報収集と研究に余念がありません。
勉強熱心なのか?いやそうではありません。
実はこの行動は気をつけないと思わぬ落とし穴があるのです。

芸術を外から学ぶことは自分の芸の肥やしになり、支えとなる

芸術家は自分の個性を信じてキャンバスに挑めと言いますが、なかなかそこまで強い心を持って制作にあたることは難しい。どうしても他の作家のことが気になったりしたり、不安が頭の中をよぎります。

その不安解消もあって、いろいろな作品をネットやギャラリーで観るのですが、たしかに見れば観るほど刺激になって、なるほどと学べる点もたくさんあります。
SNSやブログ、innsutagurm等もチェックを怠らず、作家の制作途中の画像を見て参考にしたり、自分の作品のアイデアのインスピレーションをもらったりします。気に入った作家の画集を購入したり、デッサンなど技術的な教科書を購入したりもします。

作家活動をはじめて最初はこうして自分を取り巻く芸術界の動向を知ることは、とても大切なことなんだと思います。
本当に学ぶことはたくさんあり、それが自分を支える糧となり、芸の肥やしになり、向上するばかり・・・・・だといいのですが現実はそればかりでは有りません。

芸術に関する学びの行動が作家人生を終わらせるきっかけになるかもしれない?

白い画面に向かったとき、頭の中がモヤモヤしてなかなか鉛筆が動かせません。霧の中で絵を描いているような感じで試行錯誤しながら制作を進めていると、「これでいいのかな?」「もっと違う描き方があるのではないだろうか?」と不安になって、ついネットで作家たちの作品を検索してしまいます。
パソコンやスマホの画面を見ていないと不安にになってくるのです。

自分の芸術的な感性や技術向上のためにはじめたことが、逆に「こんな自分ではだめだ!私の作品には観る価値が無い!」と意識がネガティブな方向へと進んでいることに気づきます。

自分の個性が信じられない。自分の芸術を疑いを抱くようになります。
最終的には作家活動そのものに対して疑問を持ち始め「自分には芸術を語ったり、発表する価値が無い人間なのだ。作家として名乗る価値が無い人間なのだ」と思うようになります。

こうなると何も描けなくなります。そして作家たちの活動が華々しく見えて疎ましくなり、僻むようになります。そんな自分に気づいてさらに自分を傷つけてしまうのです。

自分の内側に光をあて、純粋な自分と向き合うことが自分を許す近道

禅の教えに「回光返照(えこうへんしょう)」というものがあります。
回光返照とは、外にばかり向かって求めようとする心を、自分の内に返し向け、本来の自分の純粋な心を照らし出すことです。

自分の内側を明るく照らすことで、誰にも負けない純粋な魂があることに気づけるのです。それは内在していた個性の発見になるかもしれません。

具体的にはしばらくの間は、情報収集や学びの行動を一切停止します。
SNSに左右されないように閲覧時間も大幅に削ります。TwitterやFacebookなど文字が目に入ると影響を受けてしまうので、Instagramで画像を流し見するぐらいにします。
そうすることでやがて自分を信頼するようになり、自分の芸術的な個性に自信が持てるようなり、「このまま描き続けても良い。描き続けることが私の生きる道なのだ」と自分を許すことができます。

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