刃を使って、紙を切らせていただく。

切り絵を制作する時に、最も大切にしていることは、紙に刃を入れる時に同時に心も込めるということ。

もちろん下絵を描いている段階で、イメージにはすでに心が入っています。でもそれは、あくまでもイメージに対してのもの。
切り絵制作の段階では、紙自体にも心を込めます。

なぜなら、私は「紙」は「神」でもあると考えているからです。
日本には八百万の神といって、全ての万物には「神さま」が宿るという信仰が根強く残っています。
その考えから、切り絵で使う紙にも神さまが宿っていると思っているのです。
そうすると自然と、紙を切り刻む際にも痛みを感じないようにと、労りながら切るようになってしまいます。

私は20代の頃、京都の仏像彫刻家に入門して修行していた時代があります。その時、師匠に言われた言葉が今でも忘れられません。

工房では毎日、木を製材するときに、小さな木っ端(材木の切れ端)がたくさんできます。
師匠がその木っ端の一つをつまんで、こう言いました。

「あんなぁ、いつも夕方には燃やしてしまう木っ端の中に、なんか知らんけど捨てられないもんがあるんや。
なんかなぁ、私を仏にしてくださいって心に訴えてくるんや。
そしたら、仏として生まれ変わらせたるのが、俺の使命や、任せとけって思うわなぁ」

それを聞いてから、その言葉が私の仕事観となり、今の切り絵に取り組む際の紙や道具に対する気持ちなのです。

一刀にかける思いは、実に深いものなのです。
切り刻むのは一瞬です。
でも、そこによこしまな想いや、迷いがあると紙に刻んだ線はちぎれてしまうか、紙が破れてしまうのです。

「紙(神)」を敬い、刃は新たな命を宿らせる道具となる。

m010

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