樫船神社~深い山中にひっそりと佇む地域の守り神~大阪府高槻市

樫船神社の社殿
目次

山にあって「船」という謎

私が明神ヶ岳に登る前後に必ずお参りする神社があります。
高槻市の最北端にあたり、樫田地区の標高約360mにある神社。
ここは樫田神社といい、大己貴命(オオナムチノミコト)を祭神とします。
造営されたのは貞応元年(1222年)に田能の村人たちの手によるもので、神像と仏像が一緒に奉納されたそうです。

集落の市道から山を登っていくと深い森の奥に樫船神社がありました。

山の中にあるのに名称になぜ「船」という字が使われているのでしょうか?

4世紀ごろまではここの北に位置する京都府亀岡は、大きな湖でした。
大国主命は保津川をつくって湖の水を京都市へ流すことを思いつきました。
それを聞いたこの土地の神様である樫船明神(大山喰命)が、工事に使う樫の木でできた船を献上しました。そんな物語が伝わっています。

現在の樫船神社は、その樫の船が建造されたとされる場所に祭祀するために貞応元年(西暦1222年)に勧請された神社といわれています。だから「樫」「船」という文字がつかわれているのです。

樫船神社の造営物語

昔々、定勢という一人のお坊さんがいました。
丹波国桑田郡田能庄の住民は、定勢から神仏の教えを教わり、我が村にも神社の社殿と神仏を建立したいと思いました。
貞応元年には社殿が完成し、翌年には神像と仏像の合わせて5体が完成しました。

5体のうち大明神男神像と女体御前神像の二つの神像と、黒迦羅御前という名の女神の本地仏である阿弥陀如来の仏像一体の合計三体を樫船神社へ奉納しました。

そして、樫船神社に納められた神像二体のそれぞれの本地仏である観音菩薩像と大日如来像の二体の仏像を近くの神宮寺へ安置したという

山の中にあっても立派な社殿を構える樫船神社
山の中にあっても立派な社殿を構える樫船神社
苔の絨毯で覆われた樫船神社の境内
苔の絨毯で覆われた樫船神社の境内

●樫船神社(かしふねじんじゃ)概要

所在地 大阪府高槻市大字田能小字コブケ8
主祭神 大国主命 樫船明神 大己貴命
社格等 村社
創建 貞応元年(西暦1222年)

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