切り絵と禅の精神

紙を上で刃が滑るように動かし、綺麗に切れた時の精神状態は、無心であるときだと思う。

初心者によくあることは、ナイフを持つ指先に必要以上に力が入ってしまうこと。
実はどんなに経験を積んでいても、精神状態によって同じように指先に力が入ってしまう時があります。

ナイフを持つ指先は、通常はそっと添えるように軽く持つほうがいい。
指先に必要以上に力が入るとどうなるのか?
刃先のコントロールが効かなくなり、紙を切るというより、土台のカッティングボードを削っているような感じになってしまっています。

これでは繊細な加工はできません。

だからこそ切り絵の作業中は、精神状態を安定させておく必要があります。

そういう意味では、切り絵は禅に似ているのかもしれません。
私は作業中は当然のこととして、作品を手にとって見るお客様にも、作品を通じて精神の安定を誘導できればと思いながら、制作しています。

誰でも心のどこかで、静寂を求めています。

なぜ静寂を求めるのか?

それはじっくりと自分が日々の生活の中でマーキングをしておいた「なぜ?」を考える時間や場所を求めている証拠かもしれない。

時には答えの出ない問いに対して、正面から対峙することも。

そして、宗教的な意味はなくても、ただ仏像を眺めていたり、神社で時を過ごしたり、答えを求めて人は大きな存在にすがりたいと思うもの。

「なぜ?」と対峙する時のパートナーとして、仏や神の存在意義があるということも、ある意味あるのかもしれない。

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