芸術家は作ることの意味を考えすぎると自滅する

芸術家は作ることの意味を考えすぎると自滅する

私は幼少の頃から欲しい物があると、どうやればそれが作れるのだろう?って考える癖があります。
それは親に「これを買って欲しい」と安易に言いにくい家庭環境にあったことが影響しているのかもしれない。
無ければ作る、欲しければ描く、そんな思考スタイルがいつの間にか定着してしまった。

衝動的な買い物を防止する術は父から教わった

あるものが欲しいと思ったときは3日間考えなさい。考え抜いた上でもどうしても欲しいのであれば買いなさい。

これは幼い頃から何度も父に言われてきた言葉です。
今でもその思考スタイルは変わりません。
あるものに対してとてつもなく欲しくなるという衝動は突然湧き上がります。TwitterやFacebookやInstagramなどを見ているときに投稿されたレビュー記事を読んだときに欲求が湧き上がってくることがよくあります。コメント欄で「私も…」「買います…」という文字があふれているとなおさら背中を押されるように、Amazonや楽天のページを何度も見てしまうのです。

でも欲しい気持ちの高ぶりは、3日もすれば半減することが多く、さらに1週間以上すぎると通販サイトやレビュー記事をザッピングした日々に時間を無駄にしたと後悔の念に駆られるのです。いや、経験値にはなっているから無駄とは思いませんがやるせなくなります。

それでももやもやが続くときは、お金があまりないときは「本当に”今”必要か?」「半年後でも良くないか?」と自分に問いかけます。”今”というキーワードが現状置かれている自分の状況を客観的に俯瞰するきっかけとなり、ほとんどの場合はもやもやが晴れます。

衝動的に作りたいと思ったときは素直に従え

私は「欲しい物」に限らず、衝動的に「描きたいもの」に心が奪われることがあります。しかしすぐに描き始めるわけでなく、「描きたいもの」「作りたいもの」に対しても同様に「なぜ描きたいのか?その絵にどんな意味があるの?」と「行為の意味」を考え込んでしまうのです。
考え抜くが故に、結論がほぼ出たときには疲れ切ってしまう。もしくは完成した気分になって、その先の制作に至らないこともしばしばです。

「欲しいもの」とは違って、描くことや作ることに、意味を考えてはいけないのです。
私にとって創作(描くこと)は「生きること」だから、生きる意味を問いだすと思考の迷宮に、はまってしまうのです。

作りたいという最初の衝動のままに、完成までその勢いを大切にしたい。
だから、作る意味は、完成後に考えればいい。それが結論かな。

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